皆様2022年もお世話になりありがとうございました。

friends

2022年も勉強〜&改めて、命や生き方について考えたりしてました

2022年は、レッスンの質の向上のための勉強と、6月末に進行が早い小細胞肺がんが母に見つかった事で、癌についての勉強。

戦争も始まりましたし、母のこともあり「命とは何だろう?」「人生とはなんだろう?」「母の最後はどんな形にしてあげるのが良いのだろう?」

「元気になることを信じ、一生懸命介護してきて、ここからもっと良くなると思った時に、癌の宣告をされた父の寂しさは、はかりりしれないぐらい辛く悲しいだろう。

など、あれこれと考えたり、現状を良く出来たらと行動してきました。

自分の作品を作ったり、自分の自信の活動はほとんど出来ませんでしたが、来年に向け、自分の心のあり方を学べた充実した1年間を送ることが出来ました。

介護歴8年の父と、父の介護サポート4年の父と僕の連携を褒めてあげたい(笑)

母の具合が12月から、悪くなってきたのですが、介護歴8年の父の判断は早いので、俊敏に動き、今は、自宅への、訪問看護の体制が整い、自宅酸素療法のHotも導入して頂き出来る限り入院をせずに、お空へ旅立つ時を迎える準備が出来ました。

自分の家族の事ながら、父が悩み、僕が勉強し父に伝え、父が動き、またつまづいたら僕が勉強し行動し、また父が動くし僕も動きまた勉強する。

父が納得しない考えだったら再度勉強して、違う作戦を考えたり、僕が伝え方を変える。などなどの連携が4、5年の間に出来ているんだな〜と、自分たちを褒めてあげたくなりました(笑)。

僕も、後悔しないように母の介護のサポートをしてきたけれど、「あーしてあげれば、こーしてあげればもっと良かったのかもしれないと。」思い、6月から9月あたりまでは、辛い時はありましたが、今はもうその気持ちはありません。

母がまた、僕にとても大切なことを教えてくれました

母の介護を手伝うようになってから、母の言動や父の言動で沢山学びになることがあるのですが、母がまた、僕にとても大切なことを教えてくれました。

これはたまたまなのですが、僕は、たまたま起きた事は、かなり重要な意味があると思っているので、たまたまではなく僕にとっては重要だったのですが、(たまたまって言葉が並ぶとなんかウケますね(笑))

俗にいう終活を父とやっていまして、必要のないものを整理しているのですが、僕の若い時代のライブのビデオや番組の収録のビデオなども捨てようと決心。

でも、「パソコンにビデオの映像をとりこんでからにしようと!」と、ビデオが動くかを確認し、ビデオをパソコンに取り込める機材のキャプチャーを購入し、この時に、閃めくぅ〜〜!(笑)

母の、昔の社交ダンスのビデオを、気軽に見れるようにしたらいつでも見れるし、母のためにも家族のためにもいいな〜と考え、母のダンスもパソコンに取り込む。

母のダンスのキャプチャーや動画編集をしてる時に、「母がダンスを始めたのが44〜46歳ぐらいの時で、今の僕と同じぐらいなんだよな〜」と思い、そんな感じで動画を見ていると、3ヶ月とかで、ダンスがめちゃくちゃ上手くなっているのです。

母に負けれん(笑)

そして、動画を見ていた自分の心に湧き上がってきた気持ち。

「母に負けれん(笑)。」

それと同時に、正直母のダンスの頑張りというか無我夢中さ、ダンスを楽しみまくっている感じに、感動して泣きまして(笑)「この母の元に生まれてきて良かったという気持ちと、僕も、母に負けていられない。まだまだガンガン音楽表現や自分の表現をしていこう」と強く誓った2022年の12月のクリスマスでありました。

ライバルは家族(笑)

それと、僕はライバルって作らないのですが、それは間違いだったということに気づきました。

原田家は、みんなが若い頃、母はダンス。父はマラソン。弟はサーフィン。僕は音楽と、それぞれみんな本気でやっていまして、「あ〜気づけば家族がライバルというか刺激を与えてくれていたんだな〜」と、

みんな良い意味で、自分の好きなことで、楽しみ、悩み、葛藤しながらレベルアップをしていたので、そんな家族をみていて自然に刺激になってたんだな〜と改めて気付かされました。

ちなみに、原田家には趣味って言葉はなく、やるなら本気という家です(笑)。やるならとことんやろうとするのが原田家。

そんなうちでは当たり前の事も、少し忘れかけていた僕ですが、また原田家らしくやっていきます。

家族に感謝です。

そんなわけで、自分の曲を作る作る詐欺に毎年なっている僕ですが、来年は多分すんごいです!(笑)

皆様、2022年も大変お世話になり、ありがとうございました。こんな僕ですが、来年もよろしくお願いいたします。

喪中のため、年始は粛々と過ごします。